2000年前の焼けた本を読みたい。では、まず新品の本を焼こう。
かなり乱暴に聞こえますが、2026年9月にUC Berkeleyが紹介した研究は、本当にそこから始まっています。
相手は西暦79年、ベスビオ火山の噴火で炭化したヘルクラネウムのパピルス巻物。開こうとすると崩れてしまうほど脆いため、研究者は現代のパピルスで巻物を作り、古代風のインクで文字を書き、酸素の少ない炉でわざと炭化させました。
守りたい本には触れず、代わりの本を焼く。ここが今回の面白いところです。
なぜ、わざわざ新品の巻物を焼いたのか
ヘルクラネウムには現在も約1800点の巻物や断片が残っています。問題は、紙も文字も炭素を多く含むため、X線CTで見ても普通の炭素系インクは背景から見分けにくいことです。
研究チームは、インクに少量の鉛が含まれていればX線で強く見えるのではないかと考えました。そこで鉛の量を調整したインクで模擬巻物を書き、炭化させてCT撮影。鉛入りインクは炭化したパピルスより最大25倍ほどX線を吸収し、文字がはっきり浮かびました。
さらに、比較的安価な携帯型X線蛍光装置で鉛の有無を調べ、読みやすそうな巻物を先に選べる可能性も示しています。
ただし、これは「1800巻が全部読めるようになった」という話ではありません。効きやすいのは鉛などを含むインクで書かれた巻物です。
本物を守るために、偽物を壊す
この研究を見ていて面白いのは、価値のないコピーをできるだけ本物らしく作り、そのコピーだけを酷い目に遭わせるという発想です。
古代巻物そのもので「もう少し強いX線を当ててみよう」「この条件ならどうだろう」と気軽に試すわけにはいきません。失敗しても取り返せないからです。
そこで、材料や形、損傷状態を似せた「壊していい双子」を作る。双子なら焼けても、スキャン条件を変えても、アルゴリズムの実験台にしてもいい。
飛行機にも「飛ばない一機」がいる
この構造、航空機の試験にも似たものがあります。
新しい航空機の構造を確認するとき、翼や機体を地上の試験設備に固定し、油圧装置などで大きな荷重をかける静強度試験があります。目的は空を飛ぶことではなく、設計どおりに荷重へ耐えるかを確かめること。
つまり、本番の多数の機体を安全に飛ばすために、同じ構造を持つ試験体へ先に無理をさせるわけです。
巻物と飛行機では、対象も目的もまったく違います。でも構造だけ抜き出すと同じです。
本番が貴重すぎて失敗できない → 挙動の似た代理を作る → 代理を限界まで試す → 本番を傷つけずに知識を得る。
自動車の衝突試験用ダミーや、医療画像装置を調整するファントムも、この仲間として見ることができます。
コピーは「本物より価値が低い」とは限らない
コピーというと、本物の劣化版という印象があります。でも実験では逆です。
本物にはできないことを、コピーならできる。
焼く。曲げる。切る。条件を変える。そして壊れたら、もう一度作る。
今回の研究で模擬巻物が価値を持ったのは、古代の巻物にそっくりだからだけではありません。壊してもいいからこそ、本物を守るための情報を引き出せたからです。
考古学者は過去を壊さないために、現在の巻物を焼く。
保存の研究なのに、作業風景だけ見ると放火です。